栃木の秘湯でヌシ様にご面会!

JUGEMテーマ:国内旅行

 

栃木県の山奥深く、川俣温泉の空に、ヌシ様は葉っぱに紛れて秘湯に浸かりながら、そこにおはしました。

 

栃木県日光市は案外広く、一度は訪れないと「結構」と言えない、あの日光の数々の観光地の更に北の奥に、平家落人(おちゅうど)伝説が残る集落があります。

 

平家落人伝説とは、源氏と平氏の戦いに敗れた平氏が、厳しい追っ手を逃れて険しい山間部にまでやってきて、そこに隠れ住み、盛んだった頃の都の文化を現在に至るまで密かに守り継いでいる、というものです。

 

そんな平家落人伝説は実は日本各地に点在しており、ここ川俣温泉では、「平藤房」なる人物が隠れ住み、温泉を発見したという言い伝えがあります。

 

しかしながら、これといった証跡もなく、また源氏の本拠地である関東に隠れ住むのが現実的か、などからも、平藤房が実在の人物であるか否かという議論がわき起こり、それ以降平藤房発見説による紹介は減り、藤原藤房の末裔である藤原藤四郎が発見した、という説に変わりつつあるそうです。

 

ただし、藤原藤房は平家の家臣であるという説があり、故に平家落人伝説には間違いないとされていますが、この人物、実は平家の家臣ではなく、公家の万里小路藤房である可能性が高いそうです。

 

いろいろ諸説はありますが、真相は色々な史実や伝説が入り交じった話が平家落人伝説に繋がっており、その背景には色々な史実の可能性を秘めた「何か」を示す、様々な悠久の歴史や物語が存在しているのだと思われます。

 

敵のお膝元に隠れ住むなら、なおさらその証拠になる様な物は容易には曝さないと思いますから。

 

そんな川俣温泉ではありますが、自然に囲まれた山あいの渓流に面したところに位置しています。温泉街の入り口には間欠泉があり、50分に1回くらいの割合で高さ15メートルまで湯柱を吹き上げたりしています。吹き上げるシーンは1回も見てはいませんが。

 

ここまでの道のりは険しく、日光からの近道である林道は冬季は閉鎖になります。鬼怒川温泉からのルートでは、途中から急に道が悪くなり、バスも通る道ではありますが、かなり緊張を強いられる局面もあります。また、山道ですから、冬季は早めの滑り止め対策が必要な地域です。

 

と言うことですが、ここには2度ほど迷い混んでいます。1度目は一年中痩せてみたい夢を見続けているだけの国友さんと秘湯に浸かり、2度目は一人でどっかに行っちゃう誰かのお父さんと電気関係の方の二人の国友さんとの日帰りです。何故か、2回とも雪のシーズンでした。

 

せっかくですので、途中にある食堂「またぎの里」と、秘湯のある「国民宿舎 渓山荘」をご紹介します。

 

 

「またぎの里」

 

川治方面から来る途中で「またぎの里」という一件の食堂がポツンとありました。宿から3キロ弱、車で約5〜6分の距離ではありますが、この食堂がその付近では最初で最後な感じです。

 

「またぎの里」では、そば、うどんの類いの他、ご当地グルメの鹿肉や熊肉、その方面の特産物サンショウウオなどが頂けます。

 

熊肉はあっさりしていて、変な臭みは全くなく、案外柔らかくて美味しく頂けます。鹿肉は食べてませんが、だいたい同じような意見で牛丼なんかよりもずっと良さそうでした。

 

串焼きで出てきたサンショウウオは、私は絶対に食べませんでした。食べてしまった人の話だと、骨っぽいのかと思ったら、案外軟骨系で味はクセもなく、するっと頂けちゃうみたいです。

 

しかし、食べている様子を横から見ると…うぎゃあ〜(゜ロ゜;ノ)ノ

口から頭と尻尾が飛び出ていて、まるで鳥が獲物を加えているみたいでした。これ…食べると誰かに惚れちゃう?

 

サンショウウオの串焼き

 

熊丼

 

お店

 

 

なお、道の駅ゆにしかわまで行くと、このサンショウウオの薫製が売られています。足湯もありますよ。

 

 

 

「国民宿舎 渓山荘」


施設

 

総部屋数18室、部屋は和室で、トイレ付きとトイレ無しがあります。6〜12畳くらいだと思われますが、必要十分な範囲だと思います。
掃除等はきちんと行き届いています。

もちろん、川俣温泉の空の真っ只中、一日中ヌシ様にご面会が出来ます。


駐車場

 

この宿自体が道路から一段下がったところに位置しています。それも、かなりの角度でカーブしながら降りた所にあり、勢い駐車場もその目の前になります。台数は20台分と十分なスペースですが、冬場は雪で上れない車が出るそうで、注意が必要です。


温泉

 

泉質は、含イオウナトリウム塩化物泉です。炭酸水素イオンが多くも多く含まれているため、皮膚の脂肪や分泌物を乳化して洗い流し、皮膚を滑らかにします。そのため、美人の湯、と言われているそうです。

 

ここの温泉は清掃のタイミング以外は24時間入浴可能で、全て源泉かけ流しです。大浴場と露天風呂、無料で使える貸切りの桧風呂があります。

 

下の写真は貸切りの桧木風呂です。

 

露天風呂では、野生のリスがチョロチョロ遊びに来てくれました。露天風呂の雰囲気はバッチリですね。

なお、この宿ではバスタオルの提供がありません。持参するか、有料レンタルになりますのでご注意下さい。


その他

 

付近にコンビニや売店、食道等の施設がありません。必要な場合はそうとう手前で準備する必要があります。

 

また、国民宿舎だからなのか、サービスは必要最低限な感じです。布団の上げ下ろしも自分で行う必要があります。宿の人達は皆さんよい方なのですが、コストとの見合いで割りきりが必要でしょう。でも、悪くはありません。

 

 

↓下のボタンをそれぞれポチッて頂けると、本人泣いて喜びます。

 


ケータイ国盗り合戦ランキングへ

 

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

 

愛媛のヌシ様に、山あいの集落でご面会!

JUGEMテーマ:国内旅行

 

愛媛のヌシ様は、山あいの集落河辺の空に、甘さと酸っぱさを兼ね備えた様に、黄色く色付いておはしました。

 

大洲の方からのアプローチでしたが、全体的には非常にタイトな路の先の、河辺役場の支所がある集落でご面会出来ました。

 

案外距離は短く、起伏もあまりありません。但し、道は狭く1台しか通れません。距離が短かった分、思ったより楽ではあったのですが、実は交通量が多いのです。

 

コーナーもきつく前方が見えないのでスローダウンせざるを得ません。10kmくらいの道のりですが、かなりのすれ違いがありました。ただ、一部コーナーなどでは道幅に やや余裕があり、鬼バックする必要は無さそうです。感覚的には長野のヌシ様かな?

 

10kmくらい進むと、いきなり集落に出会います。が、山あいの集落風では全然なく、都会の裏通りに住宅が密集している感じです。何だか山道から急にテレポートしてしまった様な錯覚を覚えるくらいの普通な住宅密集地。普通にスーパーとかもありますし。

 

ヌシ様は蜜柑だだったけれど、何だか狐か狸に騙された様な感じでした。

 

 

と、言うわけですが。

 

もし、ヌシ様とのご面会に公共交通機関を利用する場合は、スクールバスやら無償、有償のバスを乗り継がねばなりません。一般的な乗り換え案内ツールでは検索不能で、大洲市などのホームページ等を参照する必要があります。けっこう分かりにくい感じです。

 

例えば、道の駅から河辺支所までは一日4往復、片道330円の運賃がかかります。河辺支所からのスタートなので、実質3往復と考えた方がよいかもしれません。

 

それから、車の場合は大洲からの往復が無難だと思われます。

 

そこから更に北上するルートが無いわけではありませんが、更に厳しくなります。道はあまり整備されておらず、落ち葉がそのまま堆積している感じです。雪道じゃあるまいし、滑りやすくなってます。

 

空も変わりませんし、そもそも携帯の電波が無い場所が多くなります。攻略ルートにも依りますが、遠回りで道が悪い分時間を喰われるので、あまりメリットはない感じです。

 

 

 


ケータイ国盗り合戦ランキングへ

 

 

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

 

京都と言えば、天橋立

JUGEMテーマ:京都 裏・表

 

京都と言えば、海、丹後半島、天橋立ですね。

 

マピオンが運営するケータイ国盗り合戦2017年夏の陣では天橋立がスポットとなり、そして丹後半島の丹後松島には、言わずと知れた京都のヌシ様がおはしますよね。

 

つまり、誰が何と言おうと、京都と言えば日本海なのです。これ、常識。

 

え、希に違う場合がある?

国盗りゃ〜だけ?

 

 

では、京都、と言ったら普通どんなイメージを思い浮かべますか?

 

ありゃ、東寺の五重塔や清水寺、金閣寺・銀閣寺といった、古都のイメージ?

むむむ、仏像や神社仏閣の数々の古美術品?

あれれ、春の桜や秋の紅葉、苔むした山の小道や数々の庭園など、自然との調和?

おろろ、夏暑くて冬寒い、盆地の厳しい自然条件??

 

 

あらら、そんなもん、京都にありましたっけ。

まぁ、京都にもあまり知られていない裏側もあるってことで、申し訳ありませんが、今回はそれは置いておきますね(今回は天橋立の話なんで…(^^;)。

 

 

天橋立は、宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる形で細長く存在する、全長3.6キロの砂州です。宮城県の松島、広島県の厳島(通称、安芸の宮島)と並んで日本を代表する景勝地、日本三景の一つです。

 

砂州の白い砂の上には天然の松林があり、文珠山の山頂にある天橋立ビューランドで見える、南側からの眺めは、まるで天地を繋ぐ様であり、あるいは龍が天に昇る様な眺め(飛龍観)として有名ですね。

 

本来なら、このことだけでも府を代表する表玄関になりそうな話なんです。でも、市内各地が世界を巻き込んで有名で、あまりにも凄すぎるんですね。

 

京都ではおばんざいなどの独特の食文化が有名ですが、京都の北端、日本海に面したこの地域では、海の幸にも恵まれています。実は、厳島や松島では冬場の牡蠣が美味しいのですが、ここでは夏の岩牡蠣が美味しかったりするのです。

 

この時期、せっかくですから、スポットだけではなくヌシ様とのご面会や、夜もゆっくりして夏牡蠣で一杯、如何ですか?

 

 

そんな京都の北の端、宮津で今回お世話になったのは、あの日本三景、天橋立をも海を挟んで望むことができる、「天橋立 宮津ロイヤルホテル」です。こちらもちょびっとご紹介します。

 

 

立地

 

天橋立を臨む場所です。最寄りの宮津駅からは、車で12分かかります。車の場合は、宮津天橋立ICから15分です。

 

なお、近隣にコンビニ等がないので、必要な場合は予め用意する必要があります。車の場合はインター降りてすぐのコンビニを利用すると良いでしょう。

 

 

お部屋

 

総部屋数311室、無料の駐車場が270台分あります。

全室オーシャンビューの客室は、和室は10畳、洋室は36平米あり、広々使えます。ベッドはツインタイプでもセミダブルサイズで、ゆったり眠れます。

 

部屋からの眺め。よく見ないと分かりにくいのですが、山の直下の線みたいなのが天橋立です。

 


お風呂

 

広々した大浴場があり、露天風呂のみ温泉です。泉質は、ナトリウム・塩化物強塩泉です。「宮津の湯らゆら温泉」と呼ばれているそうです。入浴後はお肌がつるつるします。夜は25時まで、朝は5時から入浴可能です。

 

 


ケータイ国盗り合戦ランキングへ

 

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

 

徳島のヌシ様と険しい山の中でご面会 そして大釜の滝

JUGEMテーマ:国内旅行

 

徳島のヌシ様は、険しく水が豊富な山の中に、けれどもただ静かに徳島のヌシ様はそこにおはしました。

四国徳島の山は、切り立って険しく、そして何故が連なった山々よりも、ピラミッドの様なしっかり三角している山が目立ちます。あるものは釣り鐘形だったりもしますが、そんな急斜面の山あいを抜けた先に、やっとヌシ様はおはすのです。

徳島側からアプローチすると道はやっと1台が抜けられる一本道が続き、起伏もあります。その分景観は絶景で、豊富な水のお陰で渓流や滝が見事です。中でも大釜の滝は時間を忘れて見入る程です。

 

その滝は徳島県の中央部を流れる那賀川の支流、雲早川から流れる釜ヶ谷川の、秘境、釜ヶ谷峡(かまがたにきょう)下流部分に位置する滝です。

 

釜ヶ谷峡は、秋の紅葉シーズンにはたいへん素晴らしい景観を楽しめるということですが、それもそのはずです。何せ、山奥の秘境だからです。釜ヶ谷川沿いに四国山地を縦断する国道193号線が走っています。一応舗装され、整備されているのですが、道幅も狭く曲がりくねっており、傾斜が急な所も山ほどあります(山だからなぁ…)。

 

場所によってはすれ違いも難しい部分もあり、強い雨が降ったあとは、小さな滝が出来てたり、道路を横切る川が出来てたり、流された土砂が路面に積もってたり、何処に迷い混んだのか不安になってくるほどでした。

 

渓谷に沿って国道を走っていると、激しい落水の音が聞こえ始めました。見ると、「大釜の滝」と書かれた看板があります。しかしなから、駐車場もなく、これと言った施設はありません。けれど気になったので、トンネルの手前の少し路肩が広くなった部分に車を止めてそちらに向かってみました。

 

すると、そこに現れたのか、「大釜の滝」でした。落差20メートルながら、水量も多く、圧倒される迫力があります。滝壺はなんと深さ15メートルだそうで、神秘的な色をしています。思わず口を開けたままそこに立ち尽くしてしまうほどの光景なんです。ちなみに、この滝壺には大蛇が住んでいるそうです。成る程、そう思わせるだけはある迫力と雰囲気を兼ね備えています。

 

この滝は道の側の展望台から俯瞰して見ることができ、更に下に降りることもできます。ただし、路肩はさほど広くありませんし、駐車場やその他の施設等もないため、残念ながらあまりゆっくりできません。

 

因みに、あちこちに臨時の滝や路面が川になっている箇所がありました。荒天時や夜間の攻略は無謀でしょう。愛媛のヌシ様も山の中におはしますが、難易度はこちらが上だと感じました。

ちょっとおかしかったのは、所々たまたま工事箇所があったのですが、「幅員減少、交互通行」の看板があった事です。そもそも全部交互通行じゃん…(^_^;)

ただ、もっと楽に狩りたければ、距離がかなり伸びますが、高知からのアクセスが良いかも知れません。両側にそれぞれ1本あって対面で進める路が続きます。

 

 


ケータイ国盗り合戦ランキングへ

 

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

 

 

鬼の洗濯板

JUGEMテーマ:九州旅行

 

マピオンが運営するケータイ国盗り合戦の2017年夏の陣のスポットにも選ばれた、「鬼の洗濯板」。では、その「鬼の洗濯板」って、どんなもんでしょうか?

 

 


鬼の洗濯板(洗濯岩)といえば、日南の「青島」とも言われます。青島は宮崎県宮崎市の南東に位置し、周囲約1.5キロの島で、弥生橋で本土と結ばれていますが、砂州により半島状に地続きになりつつあります。

 

島の周囲は波食台が発達しており、この島の周囲から油津に至る付近までのこの波食台が、「鬼の洗濯板(洗濯岩)」と言われる壮大な地形です。

 

鬼の洗濯板とは、「青島の隆起海床と奇形波蝕痕」というのが正式名称で、数百年前に深海で堆積した固い砂岩層と柔らかい泥岩層の組み合わせが斜めに隆起して、柔らかい層が波で削られてギザギザな姿になったものです。この組み合わせはひとつが数十センチ程度で、これが幾重にも重なってノコギリの歯のような形を形成しており、特に上から見ると、あたかも「洗濯板」の様相なのです。ひとつが数十センチとは言え巨体な構造なので、これを使いこなせるのは「鬼」しかいない。それで「鬼の洗濯板」と言われる所以です。


本来的にはその形状から「洗濯板」が正しい呼び方ですが、岩で構成されており、発音が近いことから「洗濯岩」とも言われます。

 

この地形は一見してそれと解る、壮大な姿をしています。足場はそれほど悪くなく、干潮時にはその中まで入って直接見て触れることができます。国の天然記念物にも指定されており、近くに寄ったならスポットを盗るだけでなく、是非立ち寄ることをお奨めします。Googleマップでも、即時にその様子が解かります。

 

また、青島には200種類以上の植物があり、そのうち熱帯性および亜熱帯性の植物が27種類あるそうです。そのなかでもヤシ科の植物であるビロウの大群などは珍しく、青島亜熱帯性植物群落として特別天然記念物に指定されています。

 

この青島の中程には、青島神社があります。御祭神は天津日高彦火火出見命(あまつひだかひこほほでみのみこと、彦火火出見命とも)とその妃神 豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、そして塩筒大神(しおづつのおおかみ)です。山幸海幸神話に因む神で、縁結び、安産、航海安全の神とされています。

 

もともとは島全体が霊域で、江戸時代までは禁足地として一般の立ち寄りができなかったそうです。現在ではもちろん一般の方の立ち寄りはできますし、野球の読売巨人軍のキャンプ地が近かったこともあり、巨人軍も参拝に訪れることから、ファンには聖地の扱いになっている模様です。

 

 


ケータイ国盗り合戦ランキングへ

 

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

 

上小阿仁で秋田のヌシ様にご面会

JUGEMテーマ:北東北

 

暦の上ではもう間もなく春、という、ある年の2月初旬。前日に立ち寄った岩手県のフォリストパーク付近では既に雪はなく、当日の朝に思い付いて宿泊した青森県の八戸でも、もう間もなくの春を感じさせる風景になりつつありました。

 

週末の二日間を利用した、ちょっとしたお出掛け。誰にも気兼ね無い旅だし、せっかくここまできたのだから、秋田のヌシ様にもご挨拶を、と思い、帰りがけに秋田にも寄ることにしました。国盗りゃ〜なら、よくある話だと思います。

 

朝食もそこそこに、8時前に出発です。八戸から八戸自動車道に入る前に、周辺の空を盗ります。そして八戸自動車道に入り、安代ジャンクションから東北自動車道を青森方面に入ります。十和田ICから降りて下道を103号線から285号線と、八郎潟方面に進みましたが、途中雪でいっぱいです。更には吹雪いてホワイトアウト。

 

そもそも、道が雪で覆われていて凹凸も少なく、どこまでがどちらの車線で更にはどこから歩道で、そして道がどこまてあるのか全くわかりません。そこに風が吹くと、数メートル先も真っ白で見えなくなるのです。もう、鳴きそうでした、わぉ〜ん(´Д`)ワンワン

 

回りには何台も車が往き来していました。この状態で、なぜ平気で走れるのか不思議なくらいでした。何度もやめて引き返そうかと思いながらも、もう少しだけ、先に走ってみようと思いました。

 

そして、いよいよ…

 

秋田のヌシ様は、ずいぶんと雪深いところにいらっしゃいました。駐車場の雪かきをあまりしていない部分に車を進めると、タイヤがすっぽり見えなくなるくらいでした。ご面会出来たのは、道の駅かみこあに(上小阿仁)です。諦めずに来てよかった…(つд;*)

 

出発が8時前、到着は12時少し前でした。せっかくですので、ここで昼食とし、これから暫く同じような道を東京まで帰るのです。

 

 


ケータイ国盗り合戦ランキングへ

 

 

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

 

 

夏の陣スポット善光寺を攻略!

JUGEMテーマ:

 

牛に引かれて善光寺参り。有名な話ですね。ところが、国盗りゃ〜は光に惹かれて善光寺参りなのです。

 

 

むかし、むかし、あるところにケチで性根の悪いおばばが住んでいました。ある日おばばが洗濯をしていると、通りがかった牛のつのに布を引っかけられてしまいます。おばばは、当然布を取り返すために追いかけて行きます。ところが、行けども行けども追いつけず、気がつくと善光寺まで来てしまいます。はっと気付いたおばばは、善光寺の魅力に捉えられ、もう布のことも忘れて一気に信心深くなった、ということでした。

 

むかし、むかし、あるところにイカれた国盗りゃ〜が住んでいました。ある日国盗りゃ〜が夏の陣のコースを選択していると、通りがかった事務局にスポットを引っ掛けられてしまいます。国盗りゃ〜は、当然スポットを攻略するために追いかけて行きます。ところが、行けども行けども空がたくさんあって、追い付けず、気が付くと善光寺まで来てしまいます。はっと気付いた国盗りゃ〜は、善光寺の光である絶対秘仏、一光三尊阿弥陀如来の魅力に捉えられ、御朱印を頂くどころか、お戒壇巡りまでしてしまった、ということでした。

 

 

それほどまでに魅せられる善光寺。それでは、その魅力とは、いったい何でしょうか?

 

 

善光寺の魅力

 

 

1、強力なパワー

 

善光寺のパワーは、日本全国の中でも非常に強力な力を持っていると言われます。三方を山に囲まれ、そのパワーを受けているからとも言われます。


また、「遠くとも一度は参れ」といわれ、古くから全国の人々の信心を受けてきたからなのかもしれません。

 

 

2、古刹中の古刹

 

善光寺の始まりは約1400年前からと言われています。宗派が別れる前から起源し、その証拠に今でも無宗派なお寺です。三国伝来の日本最古の仏像を本尊とし、日本仏教の根源と言われています。建物そのものは、11回に及ぶ火災により、現在では江戸時代中期のものとなっておりますが、1400年前の飛鳥時代の遺跡が出土しているそうです。

 

なお、現在の本堂は、国宝に指定されています。

 

3、老若男女、宗派、貴賤を問わない

 

宗派を問わないのは上で述べた通り、そして善光寺では女人救済を唱え、住職には代々女性も勤めています。古来より、本堂に女性の立ち入りを認めていました。この様に分け隔てない心の広いところが、人々の信心を呼んでいます。
そういえば、牛に引かれてやってきたのは、おばば、光に惹かれてやって来たのは、国盗りゃ〜でしたね。本当に誰でも大丈夫なのです。

 

 

4、日本最古の仏像、そして秘仏

 

上でも述べましたが、善光寺のご本尊は三国伝来の日本最古の仏像で、「一光三尊阿弥陀如来」といいます。しかしこの仏像は絶対秘仏とされ、ここの住職すら拝顔することは叶いません。数えで7年に一度(当年度を1と数えるので、つまり6年後。直近は2015年、現在は丑年と未年で、次回は2021年)御開帳されますが、御開帳されるのは実は「前立本尊」といい、鎌倉時代に作られたご本尊と同じ姿をしている模写(別物)です(ただし、前立本尊も国の重要文化財に指定されています)。

 

なぜ秘仏となったのかについては、如来(つまり、仏像の本体そのもの、つまり自分自身)の宣託を受けて秘仏化した、とされています。これ以上のことは何も伝えられていません。不可視になることにより、単なる像としてではなく、実際の存在を、より心の中に感じられる様にとの思いなのかもしれません。


模写とはいえ、御開帳でも触れることはできません。代わりに回向柱が本堂の前に立てられます。前立本尊の右手が金糸と白布で結ばれ、回向柱に触れることでご本尊に触れるのと同じご利益があるそうです。

 


善光寺のみどころ

 

 

1、お戒壇巡り

 

本堂の瑠璃壇(るりだん)床下の約45メートルの回廊を巡り、ちょうどご本尊の下にある極楽の錠前に触れる事が出来ると、ご本尊とご縁を結ぶことが出来るというものです。実際に入ってみると、本当に真っ暗闇になります。目と鼻の先に何かあっても気付きません。目を瞑って歩くのと何ら変わらない状態となり、非常に不思議な感覚になります。普通の歩幅では歩けません。従って、右手を壁に触りながらそろりそろり辿って行く形となります。ただし、混みあっていると前後の人と簡単にぶつかりますので、焦っても、逆に慎重すぎても良くないのです。あっ、そこのあなた、前が綺麗なお姉さんだからって、わざとぶつかってはイケマセン。


お戒壇巡りには、内陣券(500円)または共通券(1000円)の購入が必要になります。共通券は山門(500円)の中(2階部分)にも入れますが、実は別々に購入しても値段は変わりません。

 

 

2、鳩字の額

 

 

山門の額の「善光寺」の文字の中には鳩が隠されています。全て見つけることができるでしょうか。この額の文字は、1801年に輪王寺宮公澄法親王によって書かれたものだそうです。


なお、この山門の二階には一般の方も上がることが出来ます(入場料500円)。ただし、非常に急な階段であり、頭もぶつけやすいので注意が必要です。山門からの眺めは良いですよ。

 

3、お朝事・お数珠頂戴

 

お朝事(あさじ)は、毎朝行われる、およそ1時間の朝のお勤めです。見学は無料ですが、より近い畳みに座るには内陣券が必要になります(前日からいる場合は、前日の券がお朝事まで有効です)。


お数珠頂戴は、お朝事などで住職が参道を歩く際に頭を数珠でなでてくれる事です。料金はかかりません。日の出の時間に合わせ、夏は5時半くらいから、冬場になると7時くらいから始まります。宿坊などに宿泊される場合は、案内してくれるそうです。

 

 

4、駒形嶽駒弓神社

 

実は善光寺の北門から30分くらい急な坂を上った所に駒形嶽駒弓神社(こまがたけ こまゆみ じんじゃ)という神社があります。

 

 

実はこの神社、善光寺と深い関係があります。この神社には木馬が4頭安置されています。年越しの夜には如来がこの駒に乗って市中を巡行するのだそうです。

 

2月1日にはこの神社の境内でお駒返し(善光寺の注連縄(しめなわ)を焼く)が行われるのだそうです。この神社は善光寺が出来るよりも、もっと前から存在するこの辺りの産土神で、今ではこの様に深い関係から、「善光寺の奥殿」とも言われています。

※そう言えば、下の写真の上部、屋根の中央の所に卍(まんじ)がありますね。


行くと非常に小さな無人の神社で、誰が置いたのか雑記帳の様なノートが置いてあるだけなのですが、かつてこの付近で発生し、多くの犠牲を出した地滑りでも滑らなかったとのことで、受験生がお参りに来るそうです。


確かにこの神社の前に立つと、真南の眼下に善光寺があり、何か見えない力で結ばれている様な気もします。

 

 


ケータイ国盗り合戦ランキングへ

 

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

 

 

 

佐渡島の空攻略と高速カーフェリーあかねと泊まればみやこ

JUGEMテーマ:船旅

 

佐渡島の最初に盗れた空は、赤泊でした。と、いっても、かなり前に、しかもこれは本土からの対岸盗りでした。

 

 

佐渡対岸盗りは、角田岬の手前で成功しました。当時はガラケーでしたが、最早佐渡以外の電波が入らないスポットでした。

 

ただ、スマホになってからは、位置情報が正確になってからは、相当難しいかもしれません。

 

いずれにせよ、盗れるのは1つの空だけ。結局残りを盗るならば、島に渡らねばならないのでした。

 

佐渡島は、本土から約35キロ先の日本海に浮かぶ、周囲約263キロ、東京都の半分ほど、沖縄本島に次ぐ面積を持つ大きな島です。

 

佐渡島と言えば、佐渡の金山や朱鷺、尖閣湾の景観等が有名ですね。

 

また、小木港ではたらい舟なども体験出来ます。けれども、あれは絶対に舟ではなくて、単なる「たらい」だし、絶対に落ちれると思うので、私は乗りません。ちなみに、たらい舟はちゃんと船頭さんがいて漕いでくれるみたいです(1人500円)。

 

食では、暖流(対馬海流)と寒流(リマン海流)がぶつかる環境にも恵まれ、海の幸が豊富です。

 

佐渡島までは、今では船便しかありませんが、新潟港から両津港までがジェットフォイルなら1時間あまり、直江津港から小木港までの高速フェリーなら、1時間半で着いてしまいます。

 

そんな島ですが、そこに住めば都なホテルがありました。知らずに行くと、通りすぎてしまうかもしれません。市の体育館の向かいです。駐車場は「有り」となっていましたが、向かいの市の施設の駐車場に停めろ、ということでした。宿の案内が小さいこと、駐車場が明示的になっていないこと、外観があまりホテル風ではなく、その上ちょっと…な感じなので、分かりにくいのです。

 

もしかして、やってないのかな、などという一抹の不安を持ちながら、宿のドアをくぐります。早めの時間だったせいか、他のお客さんも誰もおらず、管理室らしき部屋の明かりも点いていません。先程の不安に拍車がかけられ、それともここは使われていない旧館?などとも思いましたが、2、3度奥へ声をかけると気さくな感じでお出迎えしてくれました。親戚のところに来た感じでしょうか。

 

中は、廊下も階段も広め。ちょっとそれが災いして少し殺風景な感じもします。田舎の団地な感じかなぁ。部屋は…畳が少々年期が入っておりました。でも、一応掃除は行き届いており、埃や虫がいることはありませんでした。恐らく部屋はほとんどが同じタイプで、10畳トイレと冷蔵庫(カラ)付きの和室。もちろん、和室なのでトイレも和式(きっぱり)。ただし、1階に様式のトイレもあります。

 

お風呂はちょびっとだけ離れに大浴場がありますが、夜だけの設定みたいです。大浴場は、思ったより広くて普通に快適でした。

 

食事は1階の別室に通されました。お客が少なかったのか、個室で、冷蔵庫付きの部屋。飲み物は別料金ですが、冷蔵庫の中から自分で取り出す仕組みです。食事の内容は、超豪華な内容ではありませんが、まともに旅館の食事で、けっこう普通に美味しく戴けるものでした。高価な食材は使わないものの、一生懸命愛情込めて作った感じで、これがなかなか、ほっこり美味しい感じでした。勝手に取り出せるもんで、ちょびっとビール飲み過ぎちゃったな。

 

こんな感じで、最初のイメージは徐々に薄れ、案外と快適に過ごせるのがここの宿の特徴でしょうか。ただし、もし、ここにお世話になるのだったら、注意点が一つだけあります。それは、近所に売店やコンビニが無いことです(あっても早く閉まる)。なので、部屋で飲みたいものやつまみの類いは、早い時点で調達しておきましょう。

 

折角なので、今回の移動経路なぞ。

 

 14:10 直江津港出航

 15:25 羽茂の空

 15:36 小木の空

 15:50 小木港到着

  16:08 真野宮の空

  16:39 新穂の空

  17:11 金井の空

  17:18 佐度金山の空

 宿泊

 

  07:41 入崎の空

  08:23 大野亀の空

  11:50 小木港

  13:30 直江津港  

 

 

 

 

 


ケータイ国盗り合戦ランキングへ

 

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

 

洞爺湖で、ちんこ島、彫刻公園をめでめで、愛でる!

JUGEMテーマ:北海道

 

2017年夏の陣スポット、登別温泉からそう遠くない場所に洞爺湖(とうやこ)はありました。

 

 

北海道の喉元、喉仏のすぐ下(上?)辺り、北海道南西部、登別からもそう遠くない地域で、道央の最も道南寄りにある周囲約50キロ、真ん中に島がある、丸いドーナツ型のカルデラ湖です。

 

洞爺湖は面積が70.72平米、同じ北海道の支笏湖(しこつこ)に次いで日本で9番目に大きい湖です。

 

また、支笏洞爺国立公園(しこつとうやこくりつこうえん)に指定されており、その地域の自然や景観が保護されています。洞爺湖周辺では有珠山を始めとした火山活動が活発であり、結果としてその景観や温泉などに大変恵まれているのです。


その他、洞爺湖の周辺では彫刻があったり、長期間に渡って毎晩花火がうち上がるなど、楽しみがイッパイです。下の写真は、周辺の彫刻の1つで「復活」というタイトルだそうです。

 

あ、それはナニではありません、手んぽです。だいたい、女性の像ですから。

 


洞爺湖温泉

 

洞爺湖温泉は、明治43年(1910年)の有珠山(正確には寄生火山である四十三山(よそみやま))の噴火により湖畔から温泉が湧き出して誕生したと考えられています(実際の源泉の発見は大正6年(1917年)になってからです)。


その後、平成12年(2000年)に23年ぶりに大噴火を起こし、周囲に甚大な被害をもたらしたが、その分、お湯の質も更に良くなり、湧出量(ゆうしゅつりょう)も飛躍的に増えたといいます。

 

泉質はナトリウム・カルシウム−塩化物温泉(中性低張性高温泉)で、温度50度前後、やや黄色がかった濁りがあるお湯です。しっとり、ほかほか、湯冷めのしにくい温泉です。

 


花火


洞爺湖といえば「洞爺湖ロングラン花火大会」が北海道内で最も大規模なロングラン花火大会として有名です。

 

これは、4月下旬頃から10月末日まで毎夜20時45分頃から約20分間、湖上で行われる花火イベントです。湖上を浮かぶ船から打ち上げられる花火なので、もちろん湖付近の宿や湖の沿岸からもよく見えますが、遊覧船がベストポジションです。なんせ、敵は船なんで、動き回りますもんですから。

 

洞爺湖って、広いんですよ。

 


中島、珍小島(ちんこじま)

 

洞爺湖には丁度中央に大きな一つの島と、三つの小さな島、そして西の端に砂州で湖岸に繋がった一つの島があります。

 

中央の計四つの島は、それぞれ大島、観音島、弁天島、饅頭島と言いますが、総称して中島と呼ばれているそうです。

 

中島は火山活動でできた溶岩ドームとして形成された島で、そのうち周囲11キロと最も大きい大島には昔日高地方から連れ込まれたエゾジカの子孫が繁殖しています(最大400頭にまでなったそうです)。

 

これ等の島には、ヘビが生息して危険だと言われるだけあって饅頭島を除いて遊覧船で上陸可能です。

 

砂州で陸続きになった島は、珍小島(ちんこじま)といいます。周囲200メートル程の小さな島です。湖岸からみると、湖の中にそこだけもさっと木々が密集して生えているようにも見えました。その名前の由来については、残念ながらわかっていません。

 

 

とうや湖ぐるっと彫刻公園

 

洞爺湖には、その周辺を取り囲む様に野外に彫刻が立ち並んでいます。もともとは洞爺湖畔に有珠山の噴火で閉鎖された北海道立教員保養所の記念碑として昭和59年(1984年)に「回生」が建てられ、続いて昭和63年(1988年)に土石流災害の犠牲者の慰霊碑として「意心帰」が建てられたことをきっかけとなって彫刻公園の構想が生まれたのだそうです。

 

今では58もの彫刻が並んでおり、テーマは「生の讃歌」だそうです。

 


ケータイ国盗り合戦ランキングへ

 

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

 

 

河童の真実

JUGEMテーマ:遠野

 

これは、むがぁ〜す、国盗りゃあ河童がまだ河童になりきれていなかった頃のお話しです。

 

 

「むがぁ〜すぅ、あったずもな…」語り部は、こう切り出してくれます。

 

 

 

岩手県遠野は、民話の里として知られています。その民話は、語り部たちの口から口へ伝えられてきました。そんな語り部の話を今でも無料で聞けるのが、ここ、「あえりあ遠野」というホテルです。

 

語り部の話は毎日18時からホテル3階にある語り部ホール(囲炉裏端を模した和室です。人数が多い場合は結婚式用ホールなど別の場所になる場合もあります)で開催され、約30分間です。和室ですので、多少窮屈な体勢になるかもしれません。苦手な方、膝が悪い等の方は真っ先に入って囲炉裏端(あくまでも模しただけで火は入ってませんので)に足を投げ出すか、予め椅子をお借りした方が良いでしょう。

 

語り部のお話が18時という時間帯なので、宿での過ごし方を考える上では入浴や食事をどうするかが悩ましいところになります。食事処や大浴場は、思ったよりはキャパが大きくありません。私の場合は早めにチェックインし、語り部のお話の直後の時間帯に食事をセッティングしてもらい、先に入浴を済ませておきましたので、その後の時間に余裕ができました。

 

因みに、あえりあ遠野では、夕食に三山遊膳などの本格和食懐石や、和洋折衷懐石、郷土料理を楽しめる創作和懐石、南部御膳を頂くことが出来ます。特に南部御膳は当時の花見のイメージを模して箪笥に入れられて運ばれてくるので、そういった雰囲気も楽しめます。

 

 

語り部のお話


語り部のお話は、遠野物語に出てくる様な遠野の民話を、2つ3つと、遠野の方言のまま、語ってくれます。もちろん、全部方言だけだと何を言っているのかわからなくなります。そこで、予めミニ解説書みたいな印刷物を配ってくれるのと、雰囲気を壊さない程度に、時々説明を加えながら語ってくれるので安心です。

 

遠野周辺には、民話に基づく様々な場所があります。少し遠いのですが、河童が住むという河童淵は案外と浅く、河童は実はかなりペラペラにスリムだったことが伺い知れます(違うかな…(^_^;))。

 

なお、河童を捕獲する際には、遠野駅前で販売されている「河童捕獲許可証」が必要になります。くれぐれも密漁にならない様にご注意を。

 

宿の近くにも、河童はたくさんいます。色々探してみるのも楽しいと思います。また、ホテルのすぐ近くにある「とおの物語の館」では、語り継がれてきたそんな昔話の世界を、観たり体感出来る様になっています。ここはけっこう楽しめました。

 

 

 

…そして、語り部が最後にこう言って話を締めくくろうとした、まさにその時。

 

私は思い出しました。

 

…自分は遠い遠いその昔、確かにこの土地のこの淵にいた。そして、この淵に穏やかに住んでいた。そうだ、やっとここに帰ってこれたのだ。語り部が語ってくれたお話しは、決して単なる作り話ではなかった。全て、口から口へと伝えられた、この土地の真実の姿だったのだ。

 

そう気が付いた時、身体は、全身みるみる緑色に変わっていくのが分かりました。そして背中に甲羅ができ、頭にはお皿が載っていました。見ると、語り部の話を聞いていた人達は、みんな仲間だったのです。あの頃一緒に生活した、懐かしい民話の世界の仲間たちでした。

 

そんな姿を見て、語り部は別に驚くわけでもなく、ただその目だけが、故郷の母の様な、「お帰り」と言っている様な優しい色の光に変わりました。そして、それについては何も言わず、ただ最後にこう言っただけでした。


「どんとはれ(おしまい)。」

 

 


ケータイ国盗り合戦ランキングへ

 

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村